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正直者の会『戯式vol.4』

作・演出・出演 田中遊 『戯式vol.4』

文・畑律江


演劇を「見る」とはいうが、演劇を「聴く」とはあまり言わない。映像の時代が到来してからは、我々は一層、目から入る情報により大きな比重を置いて舞台に向き合うようになっていると思われる。


 だが、たとえば大夫・三味線・人形の三業で成り立つ人形浄瑠璃文楽で、物語世界を現出させるのは第一義的に大夫の語りだと認識されているように、まず耳からの情報によって虚構の世界に誘い込まれるということが確かにある。田中遊がほぼ1人で演じる舞台「戯式vol.4」は、現代演劇における「声」の存在感と可能性を改めて認識させてくれるものであった。


 劇場のブラックボックスに、簡素な机や台、ライトや衣装かけが置かれる。この空間のあちこちに4台のラジカセが配置され、4本の短編が上演される。


 最初は「鉛筆削り」。男(田中)が片腕を大きくぐるぐる回しながら登場し、語る。彼は小説家で、海辺の病院に入院している妻の傍にいる。波の音、カモメの声。赤いラジカセから妻の言葉が流れ、やがて我々は気づく。男の腕は鉛筆削りのハンドルであって、彼はその心を、尖らせた鉛筆の芯に連動させて「本当の言葉」を書こうとしているのだ、と。死に向かう妻との密やかな儀式。痛切な時間が過ぎていく。


 次は「会議3」。会議とはいえ、話し合うのは舞台上の生身の田中と、個々のラジカセから聞こえてくる「自室にいる田中」「河原にいる田中」「稽古場の田中」「車を運転中の田中」の声たちである。生の声と録音された声との間合いのとり具合が絶妙で、不思議に会話が成立する。皆でとりとめのない話をするうち、突然女性の声(豊島由香)が介入してきて増殖していく。それぞれの声の向こうに異なる空間の広がりが想像され、少々めまいがするような、奇妙な感覚にとらわれるパフォーマンスである。


 3本目にはゲストとしてアマチュアの落語家が登場した。落語家が「子ほめ」を演じ始めると、田中が隣に現れ、並んで演じ始める。登場人物の役柄を割り振って芝居仕立てにするのだろうと思いきや、同じせりふを繰り返したり、変換し、ずらしたりして発話する。時にはその発音が英語に聞こえてきたりもする。ここでは落語の筋よりもむしろ、もつれ合い、からみ合い、戯れる声の面白さに焦点が当たっているのだ。


最後の「パトカーが来るまでの15分」は「キキーッ、ドーン」という事故音がして語りが始まる。雨の中、ガードレールにぶつかって車を大破させた男が携帯電話で110番通報するが、パトカーはなかなか来ない。するとどこからかスーツ姿の男が現れ、自分も長い間「迎えを待っている」と言う。平穏な日常が崩れた後の、停止した時間の中、空は晴れ、地面から吹き出した植物の新芽が、2人を乗せてグングンと空に伸びていく。ひょっとすると男たちは、すでにこの世の者ではないのかもしれない。田中が、録音した声を繰り返し再生させるエフェクター「ルーパー」を駆使して語る物語が、我々を異空間へと導いていく。


 田中遊は、優れた口跡、確かな演技力を持つ京都の実力派俳優だが、自身が主宰するユニット「正直者の会」や、緩やかに活動する「正直者の会.lab」の作・演出も手掛け、近年は劇作家・演出家としての評価も高まっている。2013年には「白(地図—旗)」が初めてOMS戯曲賞の最終候補となり、翌14年には「夜の素」が同賞の佳作となった。前者は、地図作りの測量助手のアルバイトをする主婦が、失踪した測量職人を探す話で、後者は、都市生活者が過ごす苦しい夜、明けてほしくない夜を描き出す。いずれも展開の仕方が独特だ。「白(地図—旗)」の主婦は「地図の切れ目」から「裏側の世界」に入り込んでいくし、「夜の素」には、黒い角砂糖のような夜の素をかごに入れて振り、夜を街に溶け出させる少女が登場する。とうていリアルには描けそうにない世界を現出させるのは、声と身体性の力だ。そして日常がぐるりと反転したところに開く幻想的な異空間が、ごく平凡な生活者である登場人物たちの現実の色をも塗り替えてみせる。




こうした飛躍する発想は「戯式」の中にも十分にうかがえる。とりわけ「戯式」においては、世界を裏返してみせる媒体として、生の「声」、「機械を通した声」が使われていると言えよう。そして観客は、現実の向こうにのぞく時空の思いがけない広がりに、心揺さぶられたり、ニヤリとさせられたりするのである。


 全体に軽やかで、不思議で、時に切ない。多彩な短編をさまざまに組み合わせることで、「戯式」の雰囲気は毎回異なったものになるだろう。さまざまな声や身体性を持つ、異分野の人々との共演ももっと見てみたいものだと思わせる。フットワーク軽く上演できるシリーズ公演としても、進化の可能性を感じる魅力的な作品である。

畑律江
毎日新聞大阪本社学芸部専門編集委員

正直者の会

『戯式vol.4』

作・演出・出演
田中遊


日程
2015年5月23日(土)/24日(日)


5月23日(土)19:30
5月24日(日)15:00



俳優1 人、ラジカセ4台。
それぞれのスピーカーから「過去の記録、時間」がセリフにBGMに環境音になって
「今の舞台空間」に注ぎこまれ、男はそれを攪拌する・・・
<芝居?詩の朗読?ラップ???>
それぞれ個性的な田中遊一人作品とゲストコーナーを詰め合わせました。


4月
山下残『大行進、大行進』
アソシエイトアーティスト・ショーケースA

アソシエイトアーティスト・ショーケースB

5月
ドキドキぼーいず
田中遊/正直者の会
劇団しようよ

6月
キタモトマサヤ/遊劇体

7月

8月
西尾佳織/鳥公園
多田淳之介/東京デスロック
Hauptbahnhof

9月
木ノ下裕一/木下歌舞伎
はなもとゆか×マツキモエ

10月
したため
キタモトマサヤ/遊劇体

11月
桑折現
250Km圏内
努力クラブ

12月
あごうさとし
ブルーエゴナク

1月
田中遊
きたまり

2月
笑の内閣

3月
山口茜
笠井友仁
村川拓也
岩渕貞太