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きたまり/KIKIKIKIKIKI 新作公演『TITAN』


“巨大な”マーラーとの対峙

演出:きたまり
使用楽曲:マーラー交響曲第1番ニ長調「巨人」
Aプログラム 振付・出演:きたまり
Bプログラム 振付・出演:野渕杏子 花本有加 川瀬亜衣 白鳥達也 玉邑浩二 藤原美加

文・竹田真理



2年にわたり活動を休止していたKIKIKIKIKIKIが再始動し、カンパニーとしては3年ぶりになる新作を発表した。これからマーラーの交響曲10曲すべてを一年に一曲ずつ振り付け、10年をかけて完遂するという。

この構想にKIKIKIKIKIKIメンバーの再出発に賭ける強い思いを読み取った人は多いだろう。結成以来、多様なアプローチで作品を発表してきたKIKIKIKIKIKIだが、それらと表裏にあるのは主宰者きたまりの「ダンスがわからない」という、ダンスに対する根本的な疑念や不信だった。演劇への傾倒や、「Dance Fanfare」の企画などにおける異ジャンルとの協働を通じて、きたまりは「ダンスとは何か」と問い続けてきたのであり、ダンスを“外から”思考する回路を見出そうとしたのだと思う。実際に自らの作・演出でいくつかの演劇作品を発表したほか、舞踊史に言及した自身の創作ソロはダンス批判として機能していた。こうした試行や回り道を経た後の今回の活動再開にあたって、音楽をもとに振り付けるという極めてオーソドックスな選択がされたわけである。ダンスへの疑念に答えが出たのではないが、音楽の形式を借りて、ダンスに正面から取り組んでいこうとするカンパニーの意志を、この構想に見ることができる。


第一弾として今公演では交響曲第一番『巨人』の全曲をカンパニーに振り付けたBプロと、きたまり自身がソロで踊るAプロの2つのバージョンがダブル・ビルで上演された。


この日の上演順に、まずBプロでは、マーラーの多彩なオーケストレーションに喚起され、KIKIKIKIKIKIならではの密度あるアンサンブルが織り上げられていた。力作と言っていいと思う。冒頭の深い森を思わせる弦のトーン、予感に満ちたファンファーレ、やがて心躍る主題が流れ出す中、ダンサーたちの奇天烈な身振りやポーズ、それぞれの少し誇張されたキャラクターが舞台上に寓話のような情景を描き出していく。
倒れている花本有加の手前に川瀬亜衣が遠くに視線を固定して立っている。道化の恰好の野渕杏子が、続いて白鳥達也が現れては去っていく。玉邑浩二が片足立って身をかがめたままフリーズする瞬間は生きた動作を生け捕りにするようなスリリングさがあり、藤原美加が弾けるようなステップで祝祭感を満載しながら横切っていく。


こうした配置や動線、アクションの一つ一つが視覚的に意味のある構図や図像として成り立っていて、きたまりの才気を感じさせる。しばしば「鳥獣戯画のよう」と評されるKIKIKIKIKIKIだが、ここではダンサーたちが道化師や魔法使いなど西洋の童話のキャラクターを彷彿させる身なりで登場し、ブリューゲルの絵さながらの寓話か、シェークスピアの喜劇か、或いはバレエ、オペレッタ、サーカス、芝居小屋などヨーロッパの上演芸術の要素を引き入れた西洋版の一大絵巻のような仕立てである。そして絵巻物の細部が人の営みを生き生きと描き込んでいるのに似て、舞台のダンサーたちも生き生きと息を吹き込まれ、その身振りや表情やキャラクターは、やはり図像的な面白味で見る者の眼に訴える。身体がすでにして持っている魅力や深み、人の身振りへの関心を一貫して抱いてきたきたまりの観察眼の賜物だろう。


長い全編をたくさんのシーンが織り上げていく。バレエを知るダンサーがもたらす語彙でクラシカルな舞踊シーンも作られていて、女性ダンサーによるユニゾンのカルテットなどはあたかも天上のミューズの踊り。3楽章終盤、裸体代わりのベージュのコルセット姿で現れる女性たちは傍らの男性の心象らしく、記憶の中の様々な女性像を倒錯気味に表す。そこから徐々に四つん這いの行進に移行していく光景は、退行の色を濃くした裸体の王国でもあり、悲劇に向かう流浪の民でもあり、(きたまりは全く意図していないというが)ホロコーストの予兆をみる気もした。


マーラーの交響曲には民謡、子守歌、歌曲などをモチーフとした聴き易く印象に残る主題がふんだんに出てくる。今回の『巨人』では自身の歌曲を使った第一楽章の主題、第二楽章の3拍子のスケルツォ、第三楽章のユダヤの民謡にちなんだ哀愁と諧謔味ある旋律などがそうだ。どこか聞き覚えのあるポピュラリティある楽曲は、音楽自体が様々な引用でできた絵巻物とも言われる。意外にもこの点で、キャラクター性を前面に押し出すKIKIKIKIKIKIの作風と相性の良さをみせている。きたまりがマーラーに触発される所以が理解される気がする。


マーラーについてもう一つ言うべきはその巨大さだ。とくに第四楽章の激しく乱高下する音、爆発し咆哮するかと思うと深く沈静し甘美な記憶をむさぼる極端な振幅にどう対峙するか。ピルエットが感情の高まりを表現するといった体系化されたテクニックや方法論をもたないカンパニーKIKIKIKIKIKIの、言語化されない身体、ダンス未満の身振りがどこまで音に拮抗し得るかはひとつのチャレンジだったろう。きたまりの解は、アナーキーな乱舞と、厳格な舞踊言語の(応用としての)振付である。それはそのまま現在のKIKIKIKIKIKIの可能性と限界を示していたように思う。ダンサーたちは体力の限界からさらに力を振り絞る献身的なパフォーマンスで応じた。激しい消耗が舞台の上に見て取れるほどだった。幾度も訪れるクライマックスにただ全力を出し切ることでなく対峙しうる身体言語を、応用/引用ではない形で――音楽と構造レベルで呼応し合う関係において――獲得する必要があるかもしれない。



一方のAプロはまったく異なるポストモダンなアプローチをとる。ヨーロッパ文化の絵巻物に遊んだ直後の、現代日本の日常空間に引き戻された落差に戸惑ったが、むしろこちらがコンテンポラリーダンスに馴染みある展開といえる。紫色のジャージにハイヒールをはいたきたまりはちょっと不良な感じで、舞台にあれこれとガラクタを並べていく。マラカス、ギター、人形、フラフープ、写真集、アルバム、深紅のドレス。おびただしいモノが衣装箱をひっくり返したかのごとく散らかされ、カオスとなるが、これらはきたまりの自分史を彩ってきたモノたちである。ダンスに出会う前に夢中だったというロックと写真への愛着もにじむ。ギターをかき鳴らし、モノと戯れ、やがて聞こえてくる第一楽章。


ドラマトゥルギーははっきりしている。自分史を辿る途上でマーラーと出会い、その音楽がきたまりの想像力をこれまでとは違った論理で構成し直していくのだ。しばらくは音楽と行為が関わりなく進むが、やがて徐々に音を取り、身体が呼応しはじめる。それとともに散らかったモノがひとつずつ整理され、秩序立てられていく。壁際に並べられたモノたちはパフォーマンス空間を祀りたてるかのようである。片付いた舞台の中央で紫色のジャージを燕尾服に着替えると、最後の楽章を、言語化されない、ダンス未満の身体でおおいに動き回った。破壊的とも映った展開の中に、マーラーの音への誠実な応答が織り込まれていく。


Bプロ、Aプロを通じて、きたまりというアーティストが、どうやら取り組む対象が大きいほど力を発揮する人であるらしいことは明らかだった。マーラーの全交響曲に振り付けるという無謀とも思えた構想は、決して故なきことではないのだろう。むしろ大きな対象をあえて自らに課すことで、きたまりは自身のダンス(観)を構築し直そうとしているのだ。Aプロは次の段階へ行こうとするきたまりの、自分史への訣別であったのかもしれない。


この壮大な構想が完遂した先にはどのような風景が立ち上がっているだろうか。実現していく過程では、なぜマーラーなのかという問いも必然的に出てくるだろう。世紀末ウィーンに生き、その文化芸術を担ったフロイトの同時代人、ユダヤ人という出自、私生活が作品に落とすと言われる死の影、ヨーロッパ文明の黄昏と20世紀への予感を孕んだ大作曲家。単に「音」として扱うことの許されないマーラーの歴史性に如何に言及していくか。おそらく、この考察を通してカンパニーの舞踊言語が獲得されていくものと思われる。その過程に我々観客も立ち会うことになる。



竹田真理
ダンス批評。東京都出身、2000年より関西で活動。ダンス専門誌紙、一般紙、ウェブ媒体等に寄稿。

きたまり/KIKIKIKIKIKI

きたまり/KIKIKIKIKIKI新作公演『TITAN』

演出:きたまり


Aプログラム
振付・出演
きたまり


Bプログラム
振付・出演
野渕杏子 花本有加 川瀬亜衣
白鳥達也 玉邑浩二 藤原美加

使用楽曲
マーラー交響曲第1番ニ長調「巨人」

日程
2016年1月29日(金)~2月2日(火)


1月29日(金)
19:30(Bプロ)
1月30日(土)
14;00(Aプロ) / 17:00(Bプロ)
1月31日(日)
14;00(Bプロ) / 17:00(Aプロ)
2月1日(月)
17;00(Aプロ) / 19:30(Bプロ)
2月2日(火)  
14;00(Bプロ) / 17:00(Aプロ)



大変かもしれませんが、
マーラーで踊っていただきます。
まず、はじめは「タイタン」

KIKIKIKIKIKIとして3年ぶりの新作公演は、同じ楽曲を使用した異なる2作品を上演。
Aプログラムはきたまり、が1人で踊る60分。Bプログラムは6名のダンサー、が踊る60分。
グスタフ・マーラーの交響曲第1番全楽章が流れる音楽の時間と共に奏でる、ダンスの響き。
是非、耳で聞き、目で見て、ご堪能ください。


4月
山下残『大行進、大行進』
アソシエイトアーティスト・ショーケースA

アソシエイトアーティスト・ショーケースB

5月
ドキドキぼーいず
田中遊/正直者の会
劇団しようよ

6月
キタモトマサヤ/遊劇体

7月

8月
西尾佳織/鳥公園
多田淳之介/東京デスロック
Hauptbahnhof

9月
木ノ下裕一/木下歌舞伎
はなもとゆか×マツキモエ

10月
したため
キタモトマサヤ/遊劇体

11月
桑折現
250Km圏内
努力クラブ

12月
あごうさとし
ブルーエゴナク

1月
田中遊
きたまり

2月
笑の内閣

3月
山口茜
笠井友仁
村川拓也
岩渕貞太