INTRO of alterna



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LinkIconALTERNA ART SELECTION

alterna_omote.jpgオルタナティヴな可能性を秘めたアーティストを発掘し、アトリエ劇研がセレクトしてバックアップする育成企画。アトリエ劇研が共催公演として企画広報を担い、さらに現在活躍中のアーティスト・プロデューサーとのトークイベントを通じて、可能性の発掘と育成を目指します。今年は京都学生演劇祭で新たな感性の可能性を見せた市川タロを選出。彼の作品『誰?』をリニューアル&パワーアップして再演します。
【オルタナティブ】代替の・二者択一の


LinkIcon市川タロ『誰?』

dare_4.jpg2011年2月に行われた京都学生演劇祭で上演。小説のようなテキストを同時並行的に舞台上で展開し、重層的な「イメージの風景」を創りだす。オルタナでは『どこか、いつか、だれか』とタイトルを改め、45分だった上演時間を80分程度にし、再演する。


LinkIcon市川タロ

ichikawa2.jpg1989年生まれ、東京出身。
2007年立命館大学入学後、劇団西一風に入団、役者として活動後、2008年「ねじ工場」を皮切りに脚本、2009年「本をさがす」で演出を務める。作品に「三月の5日間」(脚本、岡田利規)、「悲しさ」がある。2011年、第一回学生演劇祭で「誰?」を発表、同作品がゲッケン・オルタナ・アート・セレクション2011に選ばれる。


企画者・ディレクターより

LinkIcon感性の新しい可能性へ向けて

演劇の、しかも小劇場の面白さとはなんでしょうか。僕はいつもそのことを考えます。評価の安定しているものがみたいなら、大きな劇場でやっている演劇を見に行けばいいし、スペクタクルを感じたいなら、シルク・ド・ソレイユを見ればいい。家族・恋人で安心して楽しみたいなら劇団四季が日本中で上質な芝居を提供している。では、アトリエ劇研のような小劇場で僕は何を見たいのか。
新しさと可能性。いまの僕らの感性の殻をぶち破り世界に斬り込む新しい感性。それは単なるコンテンポラリー(現代)ではなく、時代の流行の外から現れる化物=オルタナティヴです。
2011年2月に開かれた京都学生演劇祭。ここでひとりだけ明らかに違う質の作品を作った演出家がいました。西一風の市川タロ。彼の作品『誰?』は一般的な「芝居」からかけ離れているがゆえに、なんの賞にも引っかからなかったまさに潮流外れの変わり種。ならば、この変わり種をアトリエ劇研という土壌に植えてみよう。そしてこの小さな劇場で感性の転覆を目論見たいと思ったのです。僕は見たい。時代の潮流とは関係なく、それでもなお自らの感性において世界を転覆させるオルタナティヴ=化物を。感性の新しい可能性へ向けて。

企画・立案 高田ひとし

LinkIconぜひ挑発的であってほしい

 「育成企画」と銘打ってあるけれども、「劇場が作家を育てる」という言い方は今となってはおこがましく思われ反省している。可能性のある人は勝手に先へ先へと進んでいくし、そうでない人はどこかで止まる。作家や創作集団に対して劇場ができることは、彼らが先へ進むか途中でやめるかを判断する場を準備する程度のことであってそれ以上のことはない。しかし、その「場の提供」ということを、これまでアトリエ劇研がどれだけできていたのかと言えば、それはそれで心もとない。
この企画の発案者も、彼が選んだ作家も、20代の前半だということは大きな意味があるとわたしは思う。わたしのような上の世代が立てた企画にただ乗るのではなく自ら立ち上げようとするその姿勢は、演劇や現実社会の「今」に対する異議申し立てであることは明らかだ。ぜひ挑発的であってほしい。

アトリエ劇研ディレクター 田辺剛

『誰?』テクスト

1.

  お前は夢を見ている。あまりいい夢でない。
お前は歩いている、歩調はゆっくりと。
お前は橋の上にいる。鉛色した雲のある、薄暗い夕暮れの、黒い川の流れる、橋の上をお前は歩いている。
お前はこれが夢なのだと気づいている。はやく目覚められればと思う。だがうまくはいかないものだ。
お前は黒い服を着ている。喪服か? 違うかもしれない。
橋はある町Aからある町Bへと続く橋で、ここは海から遠くはない、お前はそんなことは知らないが。
しばらく歩いているうちに、お前は小さな声を聞くだろう。あるいはそんな声は聞こえなかったかもしれないが、やはり何か違和感のようなものをもつ。
お前は振り返る、橋の上には誰もいない。
川の、音源の見えないせせらぎが、お前の皮膚を滑るだろう。
お前は少し歩調をはやめて歩き出す、はやく橋を渡りきるためだ。
やがてお前は男とすれ違う。さっきまでそんな男はいなかったはずなのに。
どこへ行くのですか、お前は男に尋ねる。

「どこへ行くのですか」
「向こうへ行きます」
「向こうには何があるのですか」
「わかりません」
「あちらには?」
「わかりません」
「あなたはあちらから来たのではないのですか?」
「ええ、あちらから来ました」

そして男は行ってしまうだろう。そして、お前はまたよるべもなく歩き出すだろう。
夕暮れはいっそう赤くなり、だがどこに太陽があるのかもわからない。
お前は黒々とした影の落ちた足元を見つめて歩く。
それからお前はいくつもの足音がお前に近づいてきているのを知る。
お前は顔を上げる。
喪服の男たちが橋の向こうから歩いてくる。
いくつもの青白い顔が、暗くなりつつある橋の上にゆれている。
誰もお前を見ていない。喪服の男たちはお前のはるか後ろにある町Aを見つめている。
彼らは誰かの葬儀を終えてやってきたのか。それとも誰かの葬儀へ向かう途中なのか。
すれ違いざまに男たちが何かを呟いていることをお前は知る。

夜、はやく眠るからといって、朝がはやくやって来るわけではない。

男たちは通り過ぎていく、町Bから町Aに向かって。お前は町Aのことを考える。
そこに何があったのか、お前は何も知らない。
そしてまた誰かの声を聞く。
今度はさっきよりもずっと大きく、しかし曖昧に。
お前は振り返る。
喪服の男たちがお前を見つめている。
そしてお前が振り返ったのを見ると男たちはまた歩き出す、町Aへ。
お前もまた歩く、町Bに向かって、まっすぐに。
川の流れが迷路のように複雑な模様をつくっている。
お前は川面に映った自分の顔を見るだろう。
お前もやはりあの男たちのように、青白い顔をして、目もうつろに橋の上をさまよっている。
女がふとお前の脇を通り過ぎていく、女は喪服を着ている。

「誰かが亡くなったのですか?」

お前は女に尋ねる。女はお前の青白い顔を見て、そして、橋の向こうの、山影に黒く染まった町Aを見つめる。

「彼は私たちの友達でした」

女は言う。

「彼は私たちの友達でした。彼が旅立ったのは一年前で、帰ってきたのは昨日のことです。彼がどこへ向かったのか、誰も知りません。どこから帰って来たのかもやはりわかりません。彼は誰もが寝静まった夜更けにそっと家を抜け、橋を渡り、どこかへ向かいました。私たちは空っぽの彼の部屋を見て、そして、彼は行ってしまったのだと思いました。私たちは友達でした。今でもやはり友達です。彼は油まみれの川に浸って、帰ってきました。藻が体中に絡まって、もう身動きができませんでした。ですが顔はおだやかで、何か幼い子供の他愛のない遊びを眺めているときのようでした。その姿を見て私たちは思いました、美しい、と。彼の死は美しいと。真昼の太陽に照らされて、黒く、彼は輝いていました。複雑な迷路のような藻の隙間から、彼の手が垂れていました。私たちは彼を引き揚げました。彼は腐敗し、岸に上げるとすぐに崩れてしまいました。私たちは彼の残骸を取り囲み、そして死の美しさを感じました。今日私たちは彼をまた川に流すことに決めました。私は今、彼の奥歯を持っています。この奥歯だけを私たちは埋葬するのです」
「向こうの町に?」
「はい、あの町は彼の故郷だったのです」

女はまた歩き出す。黒く揺れる背中が少しずつ遠のいていく。
相変わらず所在のわからない太陽が、彼女の足元に影を作っている。
そしてお前は町Bに向かう。
町Bに灯されたいくつかの光が、夕闇に浮かんでいる。
時折、木片や黒く汚れた藻が川の流れに従って、右から左へと流れていく。
お前はその中に腐敗したひとりの男の姿を探している。
だが見つからない。
日が沈んでいく。暗くなっていく。
夜が来る前に町Bに辿り着かなければならない。
そうしなければ、おそらくお前はもう橋から抜け出すことはできない。
お前は急いで歩き出す。
途中、口の中で舌をうごめかせ、お前はお前の奥歯をなめる。
そしてまたひとつの声がお前を襲う。
その声はやがて半ば叫びになって、大きくなり、また小さくなり、遠のき、近づき、もう夢であることも忘れ、何も見ることも、歩くこともできなくなる。お前は耳をふさぎ、そしてお前自身が叫んでいるように、口を開け、身動きができなくなる。

2.

誰かが窓の前に立って、外を眺めている。

「何見ているの?」
「外を見てる」
「何があるの?」
「橋がある」
「他には?」
「人がいる」
「他には?」
「川が流れてる」
「今何時?」
「午後六時」
「さっきニュースで」
「うん」
「死んだんだって、人が」
「うん」
「銃で撃たれて」
「うん」
「家が焼かれて」
「うん」
「人が死んだんだって」
「うん」
「何見てるの?」
「窓を見てる」
「何があるの?」
「自分の顔」
「映ってる、窓に」
「子どもも死んだの?」
「たぶん」
「何見てるの?」
「窓」
「何があるの?」
「顔」
「他には?」
「額」
「他には?」
「目」
「他には?」
「橋、人が歩いてく」
「どこへ?」
「向こうから、また向こうに」
「今何時?」
「午前二時」
「扉の向こうで人が死んでる」
「嘘?」
「そしたらどうする?」
「わからない」
「驚く」
「わからない」
「泣く」
「わからない」
「助けを求める」
「わからない」
「思ったより冷静かもしれない」
「わからない」
「死体を確かめる。それから考える、どうやって死んだのか。そのあと絨毯に血がついていないか確かめる、死体がこの部屋に運ばれたのか、誰かがこの部屋で死体になったのか、考えるために。それから?」
「私じゃないと思う」
「死体が?」
「殺したのが」
「お前は死体じゃない」
「殺したのも私じゃない」
「じゃあ誰?」
「わからない」
「何見てるの?」
「窓の向こう」
「何が見えるの?」
「いろんなもの」
「今何時?」
「もう正午になる」
「どこに行く?」
「ここにいる」
「なんで?」
「今日はもうすぐ雨が降るから」

雨が降り始める。誰かは窓の外を見続ける。

3.

椅子がある。誰も座っていない。光が少しだけ差し込んできている。部屋には誰もいない。椅子は部屋の真ん中にある。この椅子は誰かに座られたことがある。座ると少しきしむかもしれない。古い椅子なのだ。
この椅子には昔、誰かがこぼした何かの小さな染みがある。そんな染みのことは誰も覚えていないが。
この椅子はもしかしたら、いくつかの部屋をわたってきたのかもしれない。たとえば古道具屋に並んでいたこともあったし、父親が子供に譲り渡したこともあった。あるいは、かつて椅子は新品だったこともあったのだ。古ぼけた姿から、そんなことはもう想像もできないけれど。
外で雨が降り出す。小さな音として、雨はそっと部屋の中に滑り込んでくる。
カーテンがゆれる。窓もあけていないのに?
雨音に満たされて、椅子は何かを物思いにふけっているように見える。細い光は曇った空のせいで青く、より弱くなってしまう。
少しずつ気温が下がっていくだろう。時計の針が少しずつ太陽を動かしていくだろう。あと1時間か2時間か、雲の厚い日の夕暮れは、オレンジというより藤色で、そうしたらこの部屋はもうほとんど夜と変わらなくなる。窓は東向きで、カーテンも分厚いから。
暗がりの中で椅子はいっそう、思慮深く見える。
今日は誰も帰ってこないだろう。椅子はそれを知っている。誰かが帰ってくる日と、誰も帰ってこない日の椅子は、たとえば主人を待つ犬の態度がそうであるように、はっきりと違うものだ。
一匹の蟻が今、部屋の中を這う。それは椅子のすぐ脇にいる。
蟻は椅子の細い足につかまり、上っていく。途中で立ち止まり、たとえば下を見下ろしてみたりする。空気のにおいも違うかもしれない。
蟻の這っている椅子はさっきよりも少し満足しているように見える。
部屋はやがて暗くなり、また暗くなる。誰も帰ってこない。
カーテンが少しゆれる。誰もいないのに。

4.

雪印バター仕立てのマーガリン、268円。合計、268円。お預かり1070円、お釣り、802円。

ブレンドコーヒー、170円。チョコスコーン、170円。合計340円。うち消費税16円。現金お預かり540円。お釣り200円。

天然ハマチ、298円、割引き30% -89円、レタス168円、やまびこしめじ68円、小計445円、内税額5%、21円、買い上げ点数3点、合計445円、お預かり1005円、お釣り560円。

お客様No0003イートイン、とびきりデミソース390円、SポテトセットM320円。フレンチフライS、コーヒー、小計710円、内税33円、合計710円、お預かり1010円、お釣り300円。

カット、4500円。内税対象額4500円。内税5%、214円。合計4500円。お預かり10500円、お釣り6000円。

鹿児島産桜島どりモモ肉、257円、ギャバンWバジル瓶6g、298円。森永マウントレーニア108円。小計663円。内税額5%、31円。買い上げ点数、3点。合計663円。お預かり10063円。お釣り9400円。

…………………

5.

猫が死んでいる。殺されたのは明らかだ。右足が折れている、骨が見えている、もう猫の毛は血のせいでがびがびになっている、泥がついている。その足で、いくらか逃げてここまで来たが、結局つかまってしまった。
彼はきっと石を思い切り猫に投げつけたのだ。猫ももちろんすぐに逃げ出した。彼は胴体を狙ったが、それは結局、右足に命中した。片足をひきずりながら猫が逃げるときには彼は笑っていたに違いない。それでもいくらか速く走るものだと感心もしただろう。誰かが猫を狙うのはこれがはじめてではない。と言っても、そう多くはないのだ。せいぜい二度目か、三度目か。以前はさっさと逃げられてしまった。
餌をやると自分も気づけば猫に同情してしまう。だから手なずけたり、こびたりはしていけない。猫を見て、愛着の湧く、その一瞬手前に彼は暴力をはたらかなくてはならない。
猫はぶちねこで、死んではいるが薄眼を開けている。瞼の隙間から緑色の瞳が見える。
そして右足から血を流して横になっている。仰向けになっている顔の側面に特に傷はないが、おそらく地面に面している側はつぶれてしまっている。アスファルトに血が付いている。もう血は渇いているが、おそらく昨日の晩にでも殺されたのだと思う。
予報では明日、雨が降るはずだから、この血もきっと流されてしまうだろう。
猫はどうなる? 雨ざらしになった猫を片付ける人間なんているのだろうか。
ただ死んでいるだけの猫でさえ、あまり触れたいとは思えない。
死は汚れのように猫の体にまとわりついている。
今、部屋の中で彼は、見知らぬ誰かが訪ねてくるのを待っている。
恐れながら、扉が叩かれるのを待っているのだ。
石を投げたときの感触が油汚れのように手から取れず、心臓は萎む力ばかりが強く感じる。
この誰かが猫を殺したりすることはもう決してないだろう。
一匹の蟻が猫の体を這い、またもう一匹が現れる。
そして、またもう一匹、そいつは耳の中に潜り込んでいく。
猫は解体されていく。これではやはり誰も片付ける気持ちになるまい。

『誰?』Photo

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京都学生演劇祭2010出品作品
西一風『誰?』
作・演出 市川タロ


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椅子がある。誰も座っていない。光が少しだけ差し込んできている。部屋には誰もいない。椅子は部屋の真ん中にある。この椅子は誰かに座られたことがある。座ると少しきしむかもしれない。古い椅子なのだ。この椅子には昔、誰かがこぼした何かの小さな染みがある。そんな染みのことは誰も覚えていないが。


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雪印バター仕立てのマーガリン、268円。合計、268円。お預かり1070円、お釣り、802円。ブレンドコーヒー、170円。チョコスコーン、170円。合計340円。うち消費税16円。現金お預かり540円。お釣り200円。


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       カーテンが少しゆれる。誰もいないのに。


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猫が死んでいる。殺されたのは明らかだ。右足が折れている、骨が見えている、もう猫の毛は血のせいでがびがびになっている、泥がついている。その足で、いくらか逃げてここまで来たが、結局つかまってしまった。
彼はきっと石を思い切り猫に投げつけたのだ。猫ももちろんすぐに逃げ出した。彼は胴体を狙ったが、それは結局、右足に命中した。片足をひきずりながら猫が逃げるときには彼は笑っていたに違いない。それでもいくらか速く走るものだと感心もしただろう。誰かが猫を狙うのはこれがはじめてではない。と言っても、そう多くはないのだ。せいぜい二度目か、三度目か。以前はさっさと逃げられてしまった。


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「何見ているの?」「外を見てる」
「何があるの?」「橋がある」
「他には?」「人がいる」
「他には?」「川が流れてる」
「今何時?」「午後六時」
「さっきニュースで」「うん」
「死んだんだって、人が」「うん」